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Plan Positive, Act Active。理想は高く、ハードルは低く。

by feel38
 
ビジネス仕様につくられた感覚
わたしのからだはビジネス仕様だなぁ、とつくづく思うのです。

週末ぐったり、ということは割とあり、今回も同じように週末に風邪をひく。

金曜の夜から劇的に体調が悪くなり、閉店されては困ると逃げるように会社を出て
薬局へ一目散に駆け込んだのです。

寒気、吐き気、頭痛を薬剤師さんに訴え、これは熱があるに違いない、いちばん効く薬を早くよこせとせがみ、
すすめられるがままに青のベンザブロックを買い込み、ごくりと飲み、ぱたりと寝込む。

翌朝、市販薬って効くのねと感動。翌日には若干のだるさを残すのみで、すっかり元気に。

とはいえ一日削れた週末。ちょっぴり残念。これも凶の仕業か。

・・・と思ったけれども、遠出は控えてひさびさに近所を歩けば近所らしからぬ
素敵なベーカリー(パン屋さんというかベーカリーと書くべきなのであろう)を見つけたり、
素敵なパティスリー(ケーキ屋さんというかパティスリーと書くべきなのであろう)を見つけたり。

どちらもカフェつき。イートインもできるとは。オサレカフェ生活が近所で出来るとは。
病で倒れている場合ではない。まだまだ捨てたもんじゃない。今度行こう、と未来に希望を抱く。

具合が悪いときに幸せなのは、小さなことに対して普段以上によろこびを感じられることだと思う。
そういうときは、大げさによろこんでおきたい。

Bodumのティーポットを手に入れ、パンとケーキを手に入れ、おうちカフェ化も目論む夜に。
もらいもの、ばんざーい。
# by feel38 | 2009-01-18 23:18 |
 
どうする感覚
鶴岡八幡宮で凶をひく。わたし良く凶をひくんだよね、と言った矢先に見事に凶をひく。

世の中は山あり谷あり、うまくいくこともいかないこともあるさ、とおみくじに励まされる。

どうするわたし。

・・・って昔のわたしなら思っただろうけれども、凶をひいたことは一度や二度ではない。
京都で一日3連続ひいたり、その後も実家近くの神社とお寺で2連続ひいたりしている。

そういう年は経験上、結構上り調子な年だったりする。ある意味強運なんだと思う。
まこと、を貫くようにとおみくじ。狙うとはずすのがわたし(ビンゴとか特に)肩の力抜いてがんばります。

おみくじはせっせと毎年ひくのに占いはあんまり信じない。
占いをあんまり信じないのは、事象自体にはあんまり興味が無いからだと思う。
どうする?を考えるきっかけとなる御言葉があるところが、おみくじはいい。

ありがたい気持ちでほくほくしながらかき揚げうどんを食べたり、
ジャムとパンケーキの素を買って週末はこれだ!と来たる週末が楽しみになったり、
鎌倉高校前駅でサーフィンする人々眺めて波乗りについて考えてみたりした。

昨年末、ひさびさに、少しだけ年賀状を書く。
手書きの良さを実感しつつあったところで、近年サボっていた罰を受ける。

去年、友人宛の年賀状に『今年もありがとう!』と書きました。
気づいたけど、修正せずに出しました。365日残っている2009年の感謝を込めて。

その年賀状を受け取った方は、今年1年ディープにおつきあいさせてください。
そうして、事実にしちゃおうと思ってるんです。どうぞよろしくおねがいいたします。

書いたり消したりできると、文章の構成がいい加減になりやすいな、と思う夜に。
あんな小さなハガキのスペースなのに、間違えずに書こうとすると、
何らかのメッセージを伝えようとすると、自ずと事前に構成を考えるもの。

事実は消せないから、どうする?どう伝える?にまことを貫く1年でありたいと思います。
でも多分間違えるだろうから(凶も出たことだし)、そこから別のどうする?を展開できる、
ストックは多く持っておけるようになりたいのです。
良くわからない感じに書くと、接着剤のような、ほぞの構造のような方法論が欲しいです。
# by feel38 | 2009-01-12 23:06 |
 
2008という響きも終わりに近づく感覚
文字が書けないのは、師走だからよ・・・ということでばたばたっと過ごす。

夜はめっきりだ。色々あるし、眠たいし。
久しぶりに会えば、マダムっぽくなったという評価を頂く。そうだよね、と思う。
間違いなく、毎日わたしは年を重ねており、そして、毎日若さを手放していく。

若さならではの疾走感とか、方向付けが追いつかないエネルギーとか、
そういうのは他の世代に任せようと考えるようになってきた。
ゆっくりと、わたしの役割は変わりつつあることを、
そしてそれは、思っていたのとは異なり実に前向きで楽しいということを知る。

来年のテエマ(毎年なんとなく立てる、漠然としたコンセプトです)は、『ディープに、彩る』です。
今年のテエマ『ひらく』でひらけたコトが沢山あり、今年さかんに行ってきた破壊活動は控えたい。
動機づけって大事なもので、こうして文字に落としたりすると、不思議なもので案外そうなっていく。
壊して創った物事を、大切にしていく年でありたいな、と思う。

夜は書けないため、いただいた永田珈琲を淹れて、朝から書き出すことにする。
まだまだ、みっちり書こうと思う。

今年は美味しい珈琲に沢山出会った。大阪の土居珈琲、茨城のサザコーヒー、そして、小平の永田珈琲。
その土地に密着した『美味しい』を紹介されると幸せな気持ちになるのは
わたしの生まれと育ちが東京にあることが影響しているのだろう、と思います。

その土地の経済圏で成り立つということは、おそらくは周囲の人たちによって成立しているわけで、
その土地じゃないと分かち合えない何かが満ちているのだろうと思うのです。
その土地ならではの世界にちょこっと参加できるような気がして、
集合体のまちに育ったわたしには、それはちょっとした憧れに似た感覚なのです。

かつて聞いたことがあった雑誌エルマガジンが最終号、と聞いてバックナンバーを取り寄せたのも、
そんなところにあるのかもしれないです。自分にはない空気を知っていたいのです。

RENT
を観る。もう、6回くらい観ている。日本版、意外と良質。声質がそれぞれ合ってた。
はじめて観たときは大学生だったので随分時間が経ったけど、このお芝居が風化しないのは
若いということ、の本質が変わらないからだと思う。昔は共感しきり、で感動していたけれど
成功も、挫折も、夢や憧れを持てる環境があったからで、今は、その環境を創ってあげたいなと思う。
本人は気づいていないけれど、未熟なまま走るって、その場があるって、生きていくうえで大切なことだ。

今回観た中での発見として、狂言回しのマークが『僕だけは、何も無い』といったニュアンスのことを言い、
そして、彼の出身が明確にScarsdale(ニューヨーク州)とされている設定に秀逸さを感じた。
彼らはNYを世界の中心、と言ったけれど、東京にもこういう発想の子は多くいると思う。
色々手に入るから気づかなかったけれど、自分自身では何も得ていないことに気づいた時から始まる焦り。
意志なくして得られたものが多いと、自分を見失う。どこにいても確かに得た、という感触は持っておきたい。

でも、集合体のまちにいても、少しだけかもしれないけれど色んなことを築いてきて
年の終わりに集まって(鍋、各種囲む。名古屋コーチン鍋とか、シシリアントマト鍋とか)、
美術館は庭園美術館にも行って、空也の最中やLINTAROのチーズケーキを紹介して、
私という運命について』という本を頂いて、読んで、わたしも時代を生きているんだな・・・と感慨深くなる。

来年も楽しくありますように、と手帳を買って色々書き込む。

洗濯してコーヒー片手に、ほわわわわんと過ごす朝に。ラジオからはスピッツ。
我が家は朝にいちばん陽が入るので、ひなたぼっこも出来る。んー、平和。んー、幸せ。
陽に当たるだけで随分と心持ちは変わる。本来はそんな単純なことばかりだ。
# by feel38 | 2008-12-30 10:08 | 第六感
 
冬だし、張りつめた感覚
さーむーいー!

って笑いながら原美術館を後にする。
体感的には確かに寒いけれど、その瞬間の一体感に温かみを感じる。

音楽活動やDJもやるという、JimLambieの展示はカラフルで、
ミラーボールの反射光みたいな色使いだなぁと思いながら眺める。

ロックミュージシャンに花が覆いかぶさっていたり、割れたガラスのハンドバッグだったり、
剛と柔、脆さと華やかさ、白と黒、対照的な掛け合わせが多い。
痛さの中の気持ちよさ、みたいな張り詰めた感じがテーマの通り『未知の快楽』だった。

『彼女のロックンロールを知った瞬間から、好きになったんだ』

という作品(英語の作品名を正確に覚えられなかったので、勝手に邦訳)が良くて、
生々しいマットレスの中に人と人とのつながりや、その温かみ、人間らしさを感じて色々思う。

CHARAの『タイムマシーン(そしてライブ版)』みたいな、似たような良さだな、と。
ロックな○○は結構あるけど、本当に張り詰めた感じを出さないとな、などとも思う。
(感じ、と言ってる時点で既に及び腰なのでよろしくないとも思っている)
クラムボンの『君は僕のもの』の歌詞のギリギリさは、ロックだなぁと思い出して聴いてみたりもする。

それなのに、カフェダールのイメージケーキは、20世紀少年みたいでそれはそれで面白かった。
(バルサミコが入ったチーズケーキで、バルサミコ好きには美味しい逸品)

アリエッタでお気に入りパンを買う。
自分で味を思い出して真似パンを作ってみたつもりだったけど、
あらためてアリエッタのパンを食べてみたらそうでもなかった。修行まだまだ

ごぶさたで夜の中目黒。本当にひさしぶり。
目黒川沿いを歩く。3年前に中目黒が拠点になって、1年前から足が遠のいた。

時間は経つ。中目黒は特に早い。知らないあれやこれやが沢山あって、
opatocaは原宿店も相模大野店もみんな無くなってたことを今更知った。
上目六ショッピングセンターのおわりを、その姿を改めて見ることでリアルに感じる。

後戻りは無しだから、そのときひとつひとつを大切にしようと思いながらKAMARADAの扉を開ける。
つながりは、風化しない。チンザノロッソ片手に、あたたかい部屋で空気を眺める。

来年のテエマを考え始めつつある夜に。
いくつか候補があって、自然体、のんびり、攻、といったあたりをどうまとめようか構想中です。
張り詰めたいし、一方で今までに無いくらいに丁寧でいたかったりして、悩ましい。
# by feel38 | 2008-12-14 23:28 |
 
ひっくり返る感覚(または、エクレクティックな感覚)
奥沢の駅で電車を待ちながら、深いオレンジ色から紺色に至る綺麗なグラデーションの空を眺め
ここ数日の好調ぶりを思い返してしみじみと幸せな気持ちになる。

幸せなんて大したことはなくて、ただ空が青かったり、ちゃんとヨガに通ったりパンを焼いたり、
美味しい煮物を作ったり(牛すね肉が美味しく煮込めたのです。ルクルーゼにまたしても感動)、
友達に会ったりすることだったりするだけなんだけれど、
そこに人との関わりが含まれていることにしみじみと幸福感を感じる。

そういうのは、字面や平面では捉えづらい価値なんだと思う
(そして、わたしの場合そこを文字にしていないのもある)。

Webの世界に浸かっていると、検索、というスペックベースのモノの見方探し方が先行しがちだけど
触れた感じのテクスチャーや立体的に見たときの存在感を意識した全体構成が大切、という
インテリアの世界の話を伺ったときにわたしたちは空間に生きている、という事実を忘れてはいけないと思った。
友人の赤ちゃんを抱っこして、その温かさとささやかな重みにもそんなことを感じたりする。

説明のつかない良さ、みたいなものは伝えるのが難しい。
けれど、説明がつかないから省かれて良い、ということではない。
仕事で、赤入れする際には気をつけねば。Webはある意味平面的だ。触感を忘れそうになる。

最近良く言われる。『最後までやり遂げそうなひと、転じて、メゲないひと』ブランドがついているらしい。
確かにメゲない。そういうときって、わたしはかなり引いた目で自分を見ていたりする。
でも、喰らうもんはしっかり喰らっている。わ、こりゃどうしようもできないわーと思いながら。

ここのところは会う人会う人に人生不況を自ら申し出るくらいで、挙句、ひっくり返るぐらいの、
なんていうんだ超絶スーパー他にも形容詞があればみんなくっつけてしまえ的な大暴落に見舞われた。

不況のときはまだ良かった。前に進む方法を間違えながらも考えていた。
大暴落したら、一切の思考回路が止まり、あまりのインパクトにうろたえた。
そして少しして、その思考回路自体が暴落を招いたことに気がついた。

年を重ねていくにつれ自分なりの思考プロセスが出来ていて、それでうまくいくこともあるけれど
今はプロセスそのものを変える必要があった。プロセスは道筋でしかないことも思い出した。

起承転結でいったらいきなり承、とか転を省いてしまえみたいな、
ドラスティックな展開を取ったら案外上手くいくもんで(結に至ることを目指すだけ)、
本人時によろめきながらも多分この構造不況は収束するんではないかと思う。

ドラスティックな展開を取れたのは、まるで紙っぺらのようになったわたしであったとしても
話せる会える関係性があったから。安心して動けることをありがたいな、と思う。

エクレクティックという言葉を最近覚えたのだけれど、取捨選択、編集、折衷、
色んなことを柔軟に使いたい(現状、使えないからメゲかける事態に陥る・・・修行まだまだ)。

Ailaで日向と日陰の話を聞いたり、銀漢亭でマスターから俳句の世界を教えてもらったり、
LOBOSではパエリアを食べることを途中から忘れるくらい話したり、
cociでは原点を思い出し、背筋が伸びた。そんな12月で良かった。

サッカー観てて、アンリのハットトリックに感動した夜に。
移籍して、得意なスタイルを変えた上で完璧な仕事をするってすばらしい。
自分がひっくり返ってる場合じゃなくて、ひっくり返さねば、なにごとも。
# by feel38 | 2008-12-07 21:19 |
 
休んだつもりでいた感覚
ある意味、よくできている。

金曜の夕方、全身にナゾのじんましん。そういうことになったのは初めてで、驚く。
翌日病院に行き、注射を打たれ、薬を飲み、薬を塗る。安静を言い渡されて連休の予定はおじゃんに。

おそらくはここ何週間か目が回るほど忙しかったということと、ランチに食べた貝柱が原因とのこと。
じんましんの原因って良くわからないんですよねー。わたしも昔はストレスで良くでてましたー。
・・・と、笑いながら看護婦さん(若干おそろしい)。

運動すると呼吸困難に陥るかもしれないよ、と先生が脅すのでヨガはキャンセル。
さすがに家にひきこもるのは空しいので、本を持ってカフェでぼんやりしたりする。
(ひさしぶりに、いいカフェを見つけた)

仕事を休まなくて良かったのはラッキーだけど、とても勿体無い気分。
気持ちが体を上回るようになったのだな、と思う。強くなったのか弱くなったのかわからない。

今の職場は深夜まで会社に残ることが難しいけれど決して仕事量が減っているわけではないし、
適度に気を抜けないというのも大変だ。常に集中してるし、密度が濃い。
睡眠時間はあったけれど、どこか休めてなかったのかもしれない。

勤労感謝の日なので、自分の日々の働きに感謝して休んでみることにするけれど
休むって、結構難しい。休みの達人がいるとしたら、極上の休みについて是非とも指南されたい。

眠るでもないし何もしないでもなく、休むということって一体どういうことなんだろう。
少なくとも気持ちは疲れていないし眠れているし、おいしくごはんも食べられているし、
今のわたしにとって休むとは、自分のペースを取り戻すことかもしれない。

ゆっくり過ごしてね、と声を掛けられた意味がちょっとわかった。

yusoshiではワークとライフはバランスするのかどうか話す。
個人的には、ある点で留まることはできてもバランスしながら右肩上がりの成長は、ないと思っている。

その時々でバランスするポイントを変えながら過ごしていくんだろうけど、
渦中の本人は常にバランスしていないと思っているに違いない、とも思っている。

結局のとこ自分が何を取るか次第なんだよなぁと思いながら、期限が切れるというのでパスワードを変えた。
愉快なパスワードにしたので、毎日ログインするのがちょっと楽しい。
そういうレベルから、納得のいく日々を作っていけばいいんじゃないかと思う。

このブログをはじめる前に書いていた日記を読み返し、過去の自分に敗北感を感じた夜に。
色々なことが分かったり、知るにつれて、イマジネーションとクリエイティビティが失われている気がした。
既成っぽくなってきた自分の概念に、とらわれてはいけない。
# by feel38 | 2008-11-24 19:41 |
 
文化的な感覚
日帰りで東北。新幹線の駅へ向かう帰りのタクシーの中で、運転手さんと話す。

『天気が悪くなってきたねぇ、こりゃあ明日は降るかもだなぁ』

『降るのは、雪ですか?』

『いんやぁ雪はまだかな。雨もうふた降りくらいだね。西の山がこの前ちょっと白くなったから・・・
西の山が白くなって、東の山が白くなって、最後に里に降りてくるんだ』

ToDoリストなぞはとうに崩壊し(すべてがプライオリティ高だし、運用している余裕すら無かった)、
目の前に星がちらちらするくらい慌てふためいた日々をここのところ送っていたせいか、
今の暮らしを振り返って偏りを実感する。だけど、忙しいときのわたしは確実に前に進んではいる。

ちょっとしたバランスなんだと思う。
小さな空であっても、つながっていることを忘れないでおこうと思いながら列車に乗り込む。

いろいろ補いたくて、地方紙いくつか買い込み(その土地の価値観を知っておきたい)、
いつもの洋菓子店で焼き菓子を買い、きぶどうジュース岩谷堂の羊羹など買って帰る。
大人だから、お酒(あったかい部屋で冷たくして飲むといいらしい)も買って帰るのだ。

揺られて気づけば東京で、空は小さく、でも、どういうわけかほっとする。
色んなつながりの根っこがある。

誘われて浮世絵。文化の秋。
人々の日常を切り取った絵は洋の東西を問わず好きなようで、ほんとうに面白かった。
昔パリでロートレックを観たときのようだった。絵の背景にある暮らしを、知りたい。
絵のテーマは実際の暮らしで、題材の心情や性格がどんなものだったか想像してしまう。
文語になってしまうと距離を感じるけれど、普段どんな会話を交わしていたのかなど、とても気になる。

会話の先に築かれたこんな未来ですがどうでしょう、など思ってみたりする。

どうやら習性があるようでなんとなく選んだお店は以前恵比寿の本店に行ったお店だったらしい
(お店の名前を忘れていた・・・)。ロゴ、わたしのツボみたいです。美味しくチゲをいただく。

あぶら麩も買って帰ってきて、肉じゃがを作った夜に。コクが出て、食感もっちりで、美味しい。
暮らしに取り入れるということと、暮らしになじむということの違いは文化かどうかだな、と思う。
# by feel38 | 2008-11-16 21:35 |
 
そういうたぐいの感覚
赤い電車に乗っかってー

って口ずさみながら諸々家のことをすっかり片付けて、コーヒー豆(今飲んでるのはサザ・グァテマラ)挽いて、
淹れたてのコーヒー片手に天気悪いねぇって思いながらラジオ掛けてぼんやりする朝は好きで、
それがまた寒かったりすると更に良かったりする。暖房も入れる。そして新聞を広げる。

30年後もきっとこういう瞬間はあるだろうし、きっと同じようにのんびりしている。
そうありたい。ちゃんと、コーヒー豆は豆から挽いていたい。

思いやりとやさしさは包含関係にはあるけど異なるものだねぇと、湯豆腐食べつつ話し込む。
会話の先にある、捉え方や捉えられ方についてはなるほどな、と思うし、
ときどき、鏡を見ているような気分になるし、その逆のときもある。
やさしさとの両立よりも、思いやりと夢の両立って難しんだな、と気づかされる。
理性的で、常識的で、とても助かる。突然相談を持ちかけることの出来る物理的な近さに、感謝する。

そうしてこうして歩くと、神田教会が見えてくる。
建築物として見てしまってはいけないのかもしれないけれど、この佇まいに安らぎを覚える。
何十年の長い時間の流れの中で、どれだけの人がこの佇まいに助けられたのだろう。

なんにせよ、安らぎのない暮らしじゃないとな、と思う。どこかバランスしないよね、とも思う。
CGMっていうか、Q&Aサービスっていうか、そういう一瞬の集合でそれは解決するんだろうか。
(そうじゃないと思ってるし、だからこその役割もあると思ってるし、自分の仕事上悩ましいテーマ)
わたしには、視点が異なっていても長い時間の流れを知っている関係が必要だな、とわかる。

ここ1ヶ月ほど色んなことについてストラグルな毎日だった。
余裕の無さといったら結構なモノで、電球が切れて買いに行って、換えてみたら電球のサイズが違った。
洗面所の電気が、電球が、出目金のように出っぱっている。3分くらい、この失敗に懊悩した。
違いを楽しむという観点を損なうと、そんなことすら失敗のように思えるけど、そんなに悪くない。

きっかけは特になく、数ヶ月くらい前から玄関と部屋に花を飾ることにしている。
部屋を閉め切っていても、以前に比べて空気が綺麗な気がする。
黄色いガーベラは多分すぐに元気なくなっちゃうと思うので、と、お兄さんは白いガーベラを足してくれた。

今どのくらいあるかわからないけれど、そういうたぐいの思いやりが
わたしからすっかり無くなったと感じたら、何かを諦めて、その時間でくるり聞きながら旅に出ようと思う。
そのときは、ばらの花と、ワールズ・エンド・スーパーノヴァと、赤い電車は必携です。

『天使の涙』を観ようと、いそいそとDVDの準備をする夜に。
無性にウォン・カーウァイが観たくなって。『恋する惑星』は無かったので。
(この2作品については何度か観たし、どっちも好きなのだけれど)
# by feel38 | 2008-11-09 21:23 | 第六感
 
秋から冬へ向けての感覚
わたしは世間でいうところの、うっかりさんだ。

その点については認めざるを得ない。本当に、結構、うっかりしている。
お買い得な買い物だった、と意気揚々としながら詰替用を買って帰ったが、
詰替先のボトルをその日の朝のごみの日に出してしまっていた。仕方なく、また、買いに走る。

でも、洗剤や石鹸は置いておけるので良かった。
在庫を買い揃えておくのも好きで、わたしはきっと倉庫係には向いていないだろう。
そんなことを考えながら帰る。

iPodにはなんとなーく、ひさびさでBrandy&Monicaの『The Boy is Mine』
PV含め露骨過ぎて、日本の高校生には刺激的すぎて・・・と思っていたけれども
むしろそんなことが言えたりできたりするのは若さゆえ。んー、本人の性格?
そんなことも考えながら、歩いて帰る。

季節だねぇ、ということでおでんと日本酒(もち、あったかくしてさ)。
カレーおでんが絶品だねぇ、と結論が一致した。はんぺんと大根に惚れる。
なにか一緒に乗り越えた感を持っているせいか、気持ちよい時間が流れる。
そういう時のわたしは、すっかり骨が抜かれきっている。

恵比寿にも変わった風体の若者が増えたねぇと思ったら、ハロウィンだった。
気づくのがすっかり遅れた。オレンジの髪ねぇ、、、って単に思っていた。
知らぬ間についていけない人になっている。いいや、時間には抗わない。

わからないなぁ、と数日ほど考え込んでいたことについて、ヨガ中にはっきりと解がわかる。
こういう時のヨガは効果てきめんで、悟りを求めるような崇高な志がちっとも無いわたしでも、
ちょっとだけそういったものの恩恵にあずかるような瞬間が時折ある。
無心で、というけれども、考えごとにヨガは最適。無心で取り組むうちに、ひらめく。

不思議なことの要素は受け取る側と受け取られる側のそれぞれにあって、
今回の場合はわたしは受け取る側として、そっち側の原因は見えたのだった。
外的要因と内的要因に分けて、仮説たてて考えてみた。
実行したら状況変わるかはわからないけど、リターン求める気はあんまりない。
秋冬は結構そんな感じだ。春夏とはちょっとまた、違う。

今年初の湯たんぽを用意した夜に。
ラジオで聴いて良かった秦くんの曲をiTunes Storeで買って、聴いている。
# by feel38 | 2008-11-03 22:17 |
 
変化を編集する感覚
中学からだと15年以上、高校からだと10年以上、大学からでも10年とちょっと。
会社入ってからだって、すでに5年以上。

時間経つのってあっという間だね、何にも変わらないよね、と話しつつも
楽しい関係には時間が経つごとに尊敬の気持ちが混ざっていく。

お弁当の席や学食のテーブルが、おでんに焼酎だったり、シャンパンとイワシのマリネになったりしながら、
同じようなペースで階段をのぼっている。

闇の中を無我夢中で道を探す感じだったねぇ、と話し合うわたしたちは
それぞれがお互いに、徐々に見えつつある何かを認め、まっすぐ、迷わず、進みつつある。

半年に一回くらい集まると、そんな変化について話す。
ここ数年は、お互い色んなことについてありがたいねぇとばかり話す。
多分これからも、変化について話し、良かったねぇ、と話す。
変化と不変を感じられる、そういう時間が、ありがたい。

雑誌(すみません、もう売ってないのです・・・)のことについて、ほうぼうから感想をいただく。

なかでも印象的だったのは、
久々に雑誌を読んだら、読みごたえがあって面白いではないか、という
雑誌というメディア自体についての感想で(何通かいただいた)、
今年はたくさんの雑誌が姿を消しているという事実について少し考えてしまった。

Webというメディアに広告費が奪われ、原油が上がって紙代も上がるという、
ビジネスモデル云々かんぬんのロジックはその通りで市場は縮小するわけなんだけども
今この世の中にある情報の量じゃなくて質についての満足度についてはどうなんだろう。

知りたいことは調べることが出来る。離れたところの人とつながることも出来る。
それはそれでいいし、テクノロジーのそういう変化はワクワクする。

でも、能動的に情報を取りに行く機会が増えても、みんながそんなに元気そうには見えないし
受動的な情報がもたらしてきた、はっとする感じはどこで手に入れるんだろう。

セグメンテーションばっかりしていると、お届けする、という本質を見失ってしまいそうだ。
自分自身がそういう仕事に関わっているせいもあって、そのあたりについては深く考えてしまう。
むずかしい。個人的にはもうちょっと考えてみようと思っている。

代官山のイータリーが、んーもうちょっと、だと思った夜に。
売っているものは結構面白かったんだけど、DEAN & DELUCAが来たときのような、
んー!って感覚を得られなかった。心に届くような、行動を促す演出に欠けているような。
集めて並べるだけじゃなくて、編集して演出する中でことばが生まれて、そこにはっとするような。
# by feel38 | 2008-10-26 20:26 |
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